ポルトガルの大学には制服を指定しているところが多い。ほとんどが黒色またはそれに準じる色合いだが、少しずつデザインが異なっている。制服はすべての学生が平等で居られるようにとの配慮から制定されたものだと言われるが、実際は、社会の中で学術研究をする人を区別するという意味のほうが大きかったらしい。制服の成り立ちについては後述する。
過去には毎日着用されていたが、現在では常時着用の義務はない。しかし、学生たちはことあるごとに歴史と伝統ある制服を誇りを持って着用している。
そんな大学のひとつ、コインブラ大学は、ポルトガルの地方都市コインブラにある名門国立大学で、13世紀(1290年)に設立されたという世界最古の大学のひとつだ。2013年にはUNESCO世界遺産リストに登録されている。8学部に約2万2千人が学んでおり、その1割が留学生だ。
大学都市コインブラには、黒いスーツの制服にCapaと呼ばれるマントを身に纏って、颯爽と歩く学生たちの姿がそこかしこに見られる。
この制服、一見すると黒いスーツ型の平凡なデザインだが、実はとても過酷な環境に中で過ごしており、哀れな最期を迎えることが運命づけられている可哀想な制服なのである。
ポルトガルの大学の中には、ショートボレロ風の上着だったり、ロングスカートだったりと、かなり特徴的な制服を採用しているところもあるが、コインブラ大学の制服は男女とも黒いスーツタイプで、日本でも普通に見られるようなリクルートスーツっぽい制服だ。特徴があるとすれば、男女とも制服の上に羽織る大判のマントだろうか。
まず、女子学生の制服を下記に紹介しておく(男子は着丈の長い上着にスラックスを穿く)。
↓壁一面に並んでいるのはマントに付けるエンブレムだ。
白いブラウスに、黒いスリーピースのスカートスーツを着て、黒いネクタイを締める。上に黒いロングマントを羽織り、腕に革製のブリーフケースを抱える。靴も指定で、先が角ばった形状のパンプスを履く。
日本の女子大学や専門学校にも採用されているような、黒一色の制服だが、ポルトガルの女子学生が着るととても格好良く見える。
上下の材質はメーカーによって若干の差があるが、ポリエステルとウールの混紡で、たいていテフロン加工が施されている。
(制服画像:olx-Margarida Soares 175E ベスト除く)
・上着(Casaco)
3個ボタンシングルで、カフスにも飾りボタンが3個ある。襟は下襟が菱型になっているノッチドラペルという形状で、上着としては比較的ありふれたデザインである。左右のポケットにはフラップが付いている。後ろ裾にはベンツの類はない。前身ごろ裾は角型。裏地は黒色の総裏つき。
ポルト大学の制服上着に酷似しているが、ポルトには切り形状の胸ポケットが付いているが、コインブラには胸ポケットは無い。
ちなみに、男子学生の制服は、上着がロングジャケットになる。もちろん、下はズボンだ。
・スカート(Saia)
タイトスカートで、標準タイプは後ろ裾に長めのインバーテッドプリーツがひとつある。着脱は後ろジッパーにウエスト1個ボタン留め。裏地つき。
・ベスト(Colete)
前開きの5個ボタンシングルで、背中の表側にも裏地と同じ生地が張られている。必ずしも着用する習慣はないので、省略されることも多い。裏地つき。
・ネクタイ(Gravata)
黒色のネクタイで自分で締めるタイプ。
制服画像ベスト&ネクタイ:Olx-José Neves
・ブラウス(Camisa)
角襟の白い長袖ブラウス。左胸にポケットあり。袖は1個ボタン。素材はポリエステルと綿の混紡が多い。
・マント(Capa)
特徴的なのはCapaと呼ばれるマントだ。日本語のカッパの語源となったもの。ポルトガルの大学制服で最も特徴的なアイテムである。このマントにエンブレムが貼り付けられていく。裏地は無い。
また、身内に喜ばしい出来事があると裾を引き裂いて記念とする。恋人ができたら引き裂いてもらい、別れたらまた縫い戻すという習慣があることは、日本でもしばしば話題にされる。
マントは地面に座るときの敷物にされたり、イベントで放り投げられたりすることもあり、日常的にかなり汚れていたり傷んでいたりする。
<マントに付けるエンブレムの配置>
左側面のマントの内側に配置する。
1)ヨーロッパ連合、2)出身国、3)出生都市、4)居住都市、5)教育を受けた都市、6)大学、7)学部、8)学科、9)父親の郷土、10)母親の郷土、11)その他。
<裾の引き裂き>
・右側「家族」、中央「恋人」、左側「友人」
(翻訳 byうら爺)
↓コインブラ大学制服の中で象徴的なアイテムであるマントは、ことあるごとに便利グッズとしてこき使われる。街中いたるところで、地面に広げて敷物にしている光景は日常茶飯事だし、栄誉あるゲストに敬意を払い、歓迎する意味で道に敷いて踏んでもらうという、マントにとって苦しい伝統もある。そのほか、放り投げられたり振り回されたり、マントの受難は数知れない。
画像:Lux.pt
・靴(Sapatos)
ヒールが3cmほどの黒いパンプスである。制服店で購入できる。
ストッキングは黒色のものを履く。
・ブリーフケース(Pasta)
革製の書類ケース。二つ折りのシンプルな形状である。
実はこの制服は入学してすぐに着られるわけではない。
大学は4年制(医学部は6年制)だが、この制服を着ることができるのは2年生になってからだ。大学では、2年生になった先輩は新入生を最初の1年間、姉貴分(男子は兄貴分)として、ひとりにつきひとり付きっ切りで面倒を見る習慣がある。新入生はその間は私服で過ごし、制服を着られるようになった2年生に従うことになる。
大学の学年は10月に始まり7月に終わる。2年生に進級する学生は、嬉々として制服を作りに制服店へ行く。医学部以外の学部は3年間、制服を着用することになる。
新入生の時期を耐え忍んだ学生たちは、制服にようやく袖を通せるようになると実に誇らしげだ。
↓インスタグラムにアップされていた、マントを纏った正装状態でポース写真を撮る女子学生。
↓マントは敷物にされ、上着はマントの上に適当に脱ぎ落とされている。マントは学生にとって便利グッズに過ぎない。
↓使い込まれた制服。かなり撚れていて、ポケットまわりも型崩れしている。
マントは所かまわずに地面に広げられる。
↓学生生活のひとコマ。上着やマントは雑然と地面に脱ぎ置かれている。
↓フェスティバルの宣伝動画だが、彼女たちの日常が垣間見える。
市内には各所に制服店があり、学生用に制服一式はもちろん、各種儀式に使われるアイテムも販売している。
画像:A TOGA
ちなみに地元の有名制服店では、次のようなアイテムがセットで販売されている。
セット
・上着(Casaco) 1
・スカート(Saia) 1
・ブラウス(Camisa) 2
・靴下(Meias) 2
・ネクタイ(Gravata) 1
・マント(Capa) 1
・刺繍エンブレム(Emblema) 1
・ベスト(Colete)(別売り)
↓制服新調の時期になると、地元の制服店はサイズ合わせのために来店する学生たちで賑わう。
親が付き添うことも多く、女子学生たちのはしゃぎぶりは日本の成人式の振袖を新調するときに似ている。
しかし、振袖は着られるときはまだしも、着用しないときは比較的大切に保管されるのに比べ、コインブラ大学の制服は女子学生に購入されて以降、悲惨な毎日の連続だ。
地元有名制服店「A TOGA」で制服を新調する様子。
制服販売店は複数存在していて、どこで作ってもデザインは同じだが、上着とスカートの表地の材質は店舗(メーカー)によって多少の違いがある。織りがサージなのは共通で、いずれの生地にもデュポンのテフロンコーティングが施され、水や汚れに強い仕様となっている。
学生たちがよく利用する3店舗を紹介する。
なお、ブラウスについては、どの店舗も綿・ポリエステル混である。
ポルトガル国内のすべての大学制服のほか作業服なども幅広く製造販売している。一番人気のメーカー。
表地:トレビラ(ポリエステル)40%、ウール60%
裏地:アセテート
ポルトガル国内のすべての大学制服を中心にアパレル製品の製造販売を手掛けている。1988年設立。
表地:ポリエステル55%、ウール45%
表地:ポリエステル65%、ウール35%
家族経営のショップ。
大学では学部は黄色、経済学部は赤と白など、学部ごとにシンボルカラーが決められていて、ことあるごとに様々な形でシンボルカラーが登場する。特に毎年5月に行われる「Queima das Fitas(Burning of the Ribbons)」という卒業を祝う祭りでは、色とりどりのシンボルカラーがひしめき合い、学部カラーのリボンが燃やされていく。
法学部(赤)、医学部(黄)、心理学および教育学部(オレンジ)、文学部(紺)、科学技術学部(水色)、体育学部(茶色)、薬学部(紫)、経済学部(白と赤)
↓赤いシンボルカラーを身に付ける法学部の女子学生たち。
画像:centroTV
長い歴史と伝統を誇る大学だけあって、学生生活の中でさまざまな伝統行事が行われている。そのいずれも私たち日本人にとって、一見風変わりなものであるが、それぞれに重要な意味を持つものばかりだ。
<Festa das Latas(Latada)>
直訳すると「ブリキ缶祭り」という意味になる。学年度の始まりの10月に新入生向けに行われるイベントだ。新入生は主に赤ん坊のコスプレをさせられ、姉貴分(兄貴分)に川の水をバケツで浴びせられる。一種の洗礼式に似ている。川に突き落とされる者もいる。新入生たちはまだ制服を着ていないが、相手をする2年生は制服姿なので、水しぶきを浴びて制服が濡れてしまうことは普通にある。
<Queima das Fitas>(ケイマ・ダス・フィタス)
5月最初の週末の8日間、いよいよ卒業を迎える学生たちがコースの終わりを祝うイベントだ。「リボンを燃やす」という意味の名前どおり、学生たちはそれぞれのシンボルカラーのリボンを燃やして祝福する。
同時期に、学部学科ごとにトラックに飾り付けた山車が出て、ビールを掛け合うなど街をあげての大騒ぎとなる。その荒れ方は毎回救急車が出動するほどだ。
みな制服姿で、ビールまみれになり、噴水でも水浸しになり、制服はずぶ濡れとなる。パレードの山車の飾りの塗料がビールで流れ出して、白いブラウスにも色移りしてしまうが、それもむしろ誇らしいかのようにはしゃいでいる。制服一式はどろどろになるが、制服の苦難はこれで終わりではない。
画像:Outro olhar -Osvaldo Sereno 15/maio/2013
画像:Semana Academica -Coimbra 2015
画像:Outro olhar -Osvaldo Sereno 15/maio/2013
画像:Flickr Albums -Universidade de Coimbra 06/maio/2018
参考:2012年のQueima das Fitasの様子
参考:UTADの卒業ダイブ風景
下の動画はコインブラ大学のものではなく、Trás-os-Montes and Alto Douro大学(UTAD)の卒業を記念してのダイブを映したものである。ポルトガルの多くの大学には制服があるので、卒業シーズンには、学生たちが制服姿で街の噴水などに飛び込んではしゃぐ。
このような噴水池はゴミやヘドロも溜まっていて、かなり汚いし臭い。それをご丁寧にも水をかき混ぜて暴れるのだから、制服もたいへんだ。汚い水で濡らされる制服の気持ちを考えたことがあるのだろうか。
事後はくれぐれもきれいにクリーニングしてもらいたい。そのまま干して乾かしたりすると、ニオイが染みついて取れなくなってしまう。
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最終更新日:2024年11月16日
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