私が通っていた幼稚園の制服(園服)では、濃紺の前ボタンスモック型上着の上に、白いジャンパースカート風のエプロンを着て、女子は下にスカートを穿いていた。
そんな制服を着て、女子たちは園庭で奔放に走り回り、遊具で元気に遊び、室内では無邪気にお遊戯に興じ、給食ではにこやかに食事をほおばっていた。
幼稚園に通った2年間のうち、いつごろからかは定かではないが、走ったり飛び跳ねたりする女子たちが着ている白いエプロンに強い関心を抱くようになっていた。
女子がくるっと回ると、ふわっと舞い上がる。飛び跳ねると一瞬捲れ上がった後、だらりと下がる。女子の動きに合わせて、上下左右に翻弄されるエプロンを、私はなぜか「可哀想だ」と思うようになった。
さらには、砂遊びで土ぼこりにまみれても、給食で食べこぼしのシミを付けられても、エプロンはじっと耐えている。なんて可哀想なんだろう。
特定の女子のエプロンだけが気になっていたのではない。
すべての女子たちに着用されているエプロンが可哀想に思えたのだ。
夜、寝床に入ると、昼間幼稚園で目撃した光景を思い出して、「自分がエプロンだったら、どんなに苦しいだろう」ということを想像しながら悶絶する。そんな毎日が続いたのだ。このころすでにエプロンを擬人化していたのだろうか。
不思議なのは、男子も女子と同じエプロンを着用していたのに、自分が着ているエプロンに対しては何の哀れみも感じていなかったことだ。園児に着用されて翻弄されるという状況は男女とも同じであるはずなのに、自分がエプロンを着用しているという自覚すらなかったようだ。
同様に、男子が着用しているエプロンに対しても可哀想だと思った記憶は無い。幼稚園児が女子を性的な対象として見るはずも無かったはずだが、この違いは何だったのだろう。
無生物であるエプロンを擬人化し、翻弄される様子を可哀想だと思うようになったきっかけとして、少し思い当たることがある。
幼稚園年長から小学校1年ぐらいのころだっただろうか。
テレビで放送されたドキュメンタリー番組や映画に強い衝撃を受けた。
平原で白人のハンターが、無抵抗なキツネやシカをバンバン撃ち殺していく。弾の当たり所が悪かったのか、小刻みに痙攣しているキツネもいる。ハンターは容赦なく二の矢を発し、止めをさす。
狩られた獲物たちは、ずるずると地面を引き摺られて一所に集められる。ぐったりした獲物たちを前にみな笑顔だ。やがて、トラックの荷台に乱暴に放り込まれる。運ばれていく獲物たちの脚や尻尾が荷台からはみ出して、ぶらぶら揺れていた。その様子が堪らなく哀れで可哀想で、幼かった私は胸を痛めた。さきほどまで走り回っていた動物たちが、人間の身勝手な行為により一瞬にして物となってしまったのだ。
しかし生きものは強い。
1-2発の弾を受けただけでは絶命しないものもいる。
地面に並べられたキツネのなかに、何とか首を動かして、己の身に何が起こったのか、辺りを伺おうとするものがいた。苦しくて息を吸おうとしたのか、あるいは最期の力を振り絞って助けを求めようとしたのか、口をパクパクさせるものもいた。
しかし残酷にも、人間はそれを見るや、ドロだらけの靴で首筋を踏みつけるのだった。
片足だけでは息絶えず、両足を乗せられるキツネもいた。哀れな生きものは動かぬ物になった。
先住民たちが狩りをする様子はもっと過酷だった。
さほど大きくもないシカを大勢の男たちが奇声をあげて追いかけ、取り囲み、いっせいに手にしたヤリを放つ。何の罪も無いシカは、その華奢で小柄な体躯には十分過ぎるほどの数のヤリを全身に浴びて、ドウッともんどりうって倒れる。驚くことに、身体が見えなくなるほどのヤリを打ち込まれているのに、激しく脚を動かして逃げようとしているのだ。
哀れなシカは最期の力を振り絞って泣き叫んでいるのかもしれないが、男たちの怒声にかき消されて何も聞こえない。槍を抜いては刺し抜いては刺しされているうちに、力尽きたシカはほとんど動きを止めた。
シカの身体は多量の血糊で変色してつやつや輝いている。その獲物の四肢を男たちは手早く棒に縛りつけ、担ぎ上げる。優雅な首がだらしなく垂れ下がり、運ばれていく動きに合わせてゆらゆら揺れている。ほんとうに惨めな姿だ。一方で男たちは狩りの成功に歓喜し、御神輿を担ぐかのごとく、意気揚々と歩みを進める。誇らしげな笑顔と歓声の横で、ぐったりしたシカの身体が虚しく揺れる。
地面に下ろされるときも容赦は無い、さきほどまで飛び回っていた動物も、今では物に過ぎないのだ。痛いと感じるはずも無い。それゆえ、思い切り地面に投げ出される。シカはされるがままに地面に落ち、脚が不自然に折れ曲がっていようとも、落とされた状態のまま放置される。
ノブタの狩りはもっと悲惨だった。
四肢に縄を掛けられ、ノブタは完全に逃れる自由を失った。助けて欲しいと泣き喚く小さなノブタの声が悲しい。しかしそれで終わらなかった。男たちは、ノブタの脚に掛けてある縄を左右に引っ張り始めたのだ。ぴんと張られる縄の力は緩められることはない。いや、ますます強められているようだ。ノブタの前脚も後ろ脚も大きく左右に広げられ、もう限界というところまできた。それでも縄は引っ張られる。ノブタの悲壮な悲鳴は、動物のものとは思えぬほど甲高く、異様なものに聞こえる。やめてください、たすけてください、堪忍してください、それ以上引っ張られたら命は無い・・・。
そんな声は男たちには届かない。
ノブタは八つ裂きにされた。
あっけなく二本の脚がもぎ取られ、身体が勢いよく引き摺られていった。息も絶え絶えになったノブタはそれでも生きようとしていた。もう二度と元のようには戻れないことを分かっているのだろうか。たすけてくださいと僅かに叫んでいた。
以上のように、人間たちの一方的な理屈によって、何の罪も無い無抵抗な動物たちがいとも簡単に捕まり、残酷な方法で命を奪われ、物として乱暴に扱われて尊厳も踏みにじられる様子を、幼い私は、雑に着用され、乱暴な扱いを受けている女子たちの制服に重ねたのかもしれない。
女子たちに所有・着用されてしまうと、もう逃げも隠れもできない哀れな境遇の制服たちが、可哀想で堪らなくなったのだろう。
小学校に入ったばかりのころ、親戚の家に遊びに行った私は、洋服ダンスにキツネの襟巻きがあるのを見つけた。キツネの姿そのまんまの毛皮の襟巻きだ。頭、胴体、尻尾、そして四肢も付いている。眼にはガラス球が入っていて、生きていたときのほんとうの眼の輝きはすでに無かった。
私は、先に書いたような残酷な狩りの様子を思い出していた。
このキツネも人間に残酷に殺されたものだろうか。遠い外国のことだと思っていたら、身近に可哀想なものが存在したのだ。しかも、制服エプロンとは別のものだ。動物が衣類として使われている。人間たちに無残に殺されてもなお、人間の女性のおしゃれのために働かされている哀れな様子に、私は少し興奮した。
そのキツネの襟巻きは、あごの辺りにフックが付いていて、女性の首に巻かれたときに尻尾のキャッチに留められるようになっていた。親戚のお姉さんが首に巻くと、キツネが自分の尻尾を噛んでいるように見えた。惨めな姿だ。こんな目に遭わされても逃げも隠れもできない。情けないキツネの襟巻きだな。
お姉さんは、襟巻きを首から外すと、ソファの上に無造作に投げ出した。思いやりのない態度に胸がちくっとなった。
お姉さんは、さらに得意げに毛皮のコートを見せてくれた。
「このコートは~~~が50匹も使われているのよ」と誇らしげに言った。
使われている動物が何だったのか記憶は無いが、裾のほうに小さいながらもふっくらした尻尾のようなものがずらりと並んで、ゆらゆら揺れていたのを覚えている。
そんな多くの動物たちがたった1着のコートにされているのか、可哀想に・・・。
今にして思えば、そのコートの裏地はツルツルのサテン生地が張られていたようだが、当時の私は毛皮のほうに関心が行ってしまって、それどころではなかったらしい。
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最終更新日:2024年11月16日
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